
道に迷っても、この樽だけは南を指します。
傾樽は、砂漠の岩斜面に単独で立つ、背の低い樽型のサボテン。球状にふくらんだ胴を蛇腹のような太い稜が縦に取り巻き、稜のあいだに黄金色のとげが密に生える。この胴はいつも決まって赤道の側へわずかに傾く。日ざしを強く浴びる赤道向きの面ほど細胞がよく伸び、左右で成長に差が出るためで、傾きの向きはそのまま南北を指す生きた方位磁針になる。雨が降ると蛇腹の稜は水を吸って外へ張り出し、胴はまるく満ちる。逆に日照りが続くと稜は縮んで谷を深め、胴はやせて欠けていく。だから稜のふくらみ具合を見れば、この株が最後に水を得たのがいつごろかを読み取れる。満ちて欠けるその繰り返しを、傾樽は自分の体に静かに刻みつづける。

PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
道に迷っても、この樽だけは南を指します。
赤道を向いた面ほど、強い日ざしでよく伸びるからです。
北西メキシコ、ソノラ砂漠の岩だらけの斜面。
球にふくらんだ胴は、いつも決まって赤道の側へ傾きます。
雨が降ると、蛇腹の稜は水を吸って外へ張り出し、胴はまるく満ちます。
日照りが続けば稜は縮み、胴はやせて欠けていきます。
掘り返した窪みでは、白い塩殻の直下に薄い灰色の泥層があり、そこだけが指先に冷たかった。予兆草の芽はこの層に沿って並び、孤立して出ることは少ない。遠方の降雨で浅層水の塩分がわずかに下がり、腐植を含む溶存有機物が増すと、硬い休眠種子が同じ窪みで一斉に割れるらしい。
開いた花に訪れる虫は見なかった。葯は花喉の内側へ早く崩れ、花粉は柱頭の粘りにそのまま落ちる。風を待つ構造でもない。短命な一花性は不利に見えるが、冠水前の数日で自家受粉を終え、乾き戻る塩殻の割れ目へ重い種子を落とすなら、むしろ確実な仕組みである。
水が地表に届くと、株は倒れるより先に透ける。急な低塩分化と冠水で根元の泥は嫌気化し、肉厚の葉は淡く煮えたように崩れる。数日後には花柄も塩泥へ沈み、標本に残るのは種子だけだ。湖縁を渡る牧畜民や初期測量隊が『咲いたのに採れない草』と記した理由は、この不在の速さにある。