
この草は、自分の体の大半を毎回捨てます。
岩裂草は、雨季の朝に岩の上を薄く流れる水の膜が張ったとき、わずか数日だけ姿を現す極小の植物。花崗岩の表面に、淡い緑の細かな葉を放射状にびっしり広げ、その中心から透き通ったクリーム色の小さな星形の花をひとつ立ち上げる。水の膜があるあいだ、葉も花もみずみずしく開いている。ところが膜が乾きはじめると、岩裂草は広げた葉と花のほとんどを自分から枯らして手放し、岩の細い亀裂のなかへ、針の先ほどの成長点だけをそっとしまい込む。乾いた岩面には、もう葉も花も残らない。強い日差しが照りつけるほど、この植物は表に出した部分を惜しげもなく捨て、亀裂の奥に隠した次の再生の核だけを守る。だから岩裂草は、自分の体の大半を毎回捨てることで生き延びている。咲いて広がっていたのは、岩が濡れていた数日だけだ。

PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
この草は、自分の体の大半を毎回捨てます。
強い日差しに乾くと、葉も花もほとんど枯らしてしまうからです。
カメルーン高地、剥き出しの花崗岩がドーム状に盛り上がる岩丘。
雨季の朝、岩の上を薄い水の膜が流れると、岩裂草は数日だけ姿を現します。
淡い緑の葉を放射状に広げ、透き通ったクリーム色の星形の花を立ち上げます。
けれど膜が乾きはじめると、広げた体をみずから手放していきます。
花は朝の晴れ間にだけ星形に開き、葯は開花前から柱頭に触れている。数日の命では訪花を待てないため、結実は自家和合でほぼ保証されるらしい。ただし風の止んだ午前、同じ窪みの花粉をつけた微小なコハナバチ類が白花をたどるのを一度見た。群落が完全な写しにならない理由は、このわずかな他家受粉と、年を隔てた種子銀行の混合にあると考えられる。
果実は乾いた裂け目で開くのではなく、次の雨滴を受けて初めてゆるむ。短い茎は倒れず、蒴果を岩面から数センチだけ持ち上げるので、落ちた雨粒が泥膜をはね上げ、細かな種子を同じ窪みの縁まで運ぶ。遠くへ散る仕組みは見えない。三度雨草の分布が台地全体ではなく、古い水たまりの輪郭に沿って斑状に残るのは、この近距離散布に合っている。
古い標本庫で見た一枚は、花を失ったまま小型の湿地草本として束ねられ、Lindernia類似の未決定標本に入れられていた。採集日は雨季初めとだけあり、三度の湿乾を示す記録はない。台地を普通の雨季に訪ねれば植物体はすでに崩れ、乾季に訪ねれば砂泥しか残らない。完全な未発見というより、条件を読めない標本が一度だけ通り過ぎた植物なのだろう。