
体のほとんどを、毎回みずから捨ててしまいます。
捨身苔草は、岩肌に低く張りつく直径3cmほどの極小植物。半透明の灰緑色をした鱗のような小さな葉を、コインのように平らに重ねて広げ、その縁から細い糸のような淡い黄緑色の成長点を、暗い岩の亀裂へと伸ばしてしまい込む。裸の花崗岩を覆う薄い水膜の上で世代の大半を終え、水が引くと体のほとんどを乾いた銀色の殻として岩に残し、亀裂の奥の成長点だけを生かしておく。強い日射を浴びるほど、次に再生する成長点だけを選んで守り、残りは惜しげもなく捨てる。だから同じ岩でも、見えている姿はそのつど別の体で、本体はいつも亀裂の暗がりの中にいる。
PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
体のほとんどを、毎回みずから捨ててしまいます。
それでもこの植物は、何世代も同じ岩で生き続けます。
カメルーン高地、剥き出しの花崗岩の丘。
裸の岩を覆う薄い水膜は、数日でまた引いていきます。
捨身苔草は、その水膜の上で世代の大半を終えます。
水が引くと、半透明の灰緑色の体は銀色の殻になって岩に残ります。
雨季の初め、窪みに水膜が三日ほど残った岩では、銀色に乾いた葉縁から針先ほどの胞子嚢が立つ。柄はほとんどなく、風で遠くへ飛ばすより、水膜の縁に落として近い亀裂へ流し込む仕組みに見える。乾いた殻は死骸というより、胞子を一度だけ押し出す薄い足場であった。
裸岩の上に見える円盤は、同じ個体の全体ではない。古い標本を剥がすと、葉状部の下に褐色の仮根が短く残り、先端だけが暗い亀裂へ続いていた。乾季に消えたように見える群落も、翌雨季には同じ割れ目の列から再び出る。世代交代は水膜上で完結せず、休眠芽を芯にしたクローン更新で保たれている。
土地の人が「岩に残る銀」を見るのは祈りのためではなく、乾季の道を選ぶ時である。焼畑の跡や放牧路の脇で、この殻が多いインゼルベルクは、雨後の水が浅く長く残る岩として覚えられていた。植物の不在が、水の滞在を知らせる。緑よりも銀色の跡の方が、乾いた季節には確かな標識になる。