
ある年だけ、岸に現れます。
泡呼びの草は、高さ20cmほどの湿地植物。青みがかった粉白色の細い葉を低く広げ、淡い乳白色の茎の先に、淡いレモン色の小さな星形の花を上向きにつける。春、湖底からアルカリ水の細かな気泡が立ちのぼる年にだけ、その泡を根に取り込み、地下の酸素を整えて姿を現す。白い塩の地殻が割れた湿った泥に根を下ろし、岸辺にまばらな群落をつくる。泡の少ない年には地上へ出ず、湖底に痕跡を残さない。同じ湖でも、確認できるのは泡の年だけに限られる。
PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
ある年だけ、岸に現れます。
泡の立たない年には、地上に姿がありません。
ハンガリー、パンノニア平原の季節性ソーダ湖。
強アルカリの水が引くと、白い塩の地殻が岸に広がります。
泡呼びの草は、その割れた湿った泥にだけ現れます。
湖底から立ちのぼる細かな気泡を根に取り込み、地下の酸素を整えて育ちます。
岸の塩殻が薄く割れ、靴底の下で泥がかすかに鳴る場所にだけ芽生えが見えた。泡は根が飲むものというより、還元的な泥を一時的にゆるめる合図らしい。黒く硫化物臭のある層が浅い年には休眠芽は動かず、白い膜の下に水脈が戻った年だけ、葉の粉白が地表に現れる。
花は強い風の日にはほとんど開かず、晴れて湖面が静かな午前にだけ上を向いた。淡いレモン色は遠目には目立たないが、低い位置を飛ぶ小型の双翅目が数分ずつ止まるのを見た。訪花が乏しい株でも結実はあり、葯が萎むころ柱頭に触れるため、自家和合性が群落の空白年を補っていると思われる。
同じ入り江でも株は線ではなく斑点状に出る。枯れた茎の根元を掘ると、浅い泥中に硬い小粒の種子と短い休眠芽が混じり、塩殻の下で長く待つ構造があった。泡の少ない年に「消える」のは移動でも死滅でもなく、地上部を省く生活史である。記録に残る群落は、地下の種子銀行のごく一部にすぎない。