
森のどこかでは、いつも咲いています。
根返り花は、高さ15cmほどの林床植物。深緑のやや透き通った葉を低く広げ、赤褐色の細い茎の先に、淡い象牙色の俯いた釣鐘形の花をつける。倒れた巨木が掘り起こした暗い湿土に根を下ろし、裂けた古い根に菌糸でつながって育つ。穴が落ち葉と土で埋まっていく数十年のあいだだけ群落をつくり、地面が平らに戻る頃には同じ場所から静かに消える。森のどこかでは必ず咲いているのに、ひとつの場所では一世代しか見つからない。
PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
森のどこかでは、いつも咲いています。
けれど同じ場所では、一度きりしか見つかりません。
ポーランド、ビャウォヴィエジャ原生林。
冬の強風が巨木を根ごと倒すと、地面に深い穴が掘れます。
根返り花は、その暗く湿った裸土にだけ現れます。
淡い象牙色の花を俯かせ、裂けた古い根に菌糸でつながって育ちます。
根返り穴の底は、周囲の林床より半日ほど春の融解が遅い。氷河性堆積物に由来する重い壌土は水を抜きにくく、倒木で落葉層が剥がれると、暗く冷たい鉱質土だけが露出する。根返り花の幼株はこの無落葉の湿土にだけ見え、腐植が戻る斜面上部では発芽跡すらほとんど残らない。
花は深く俯くため訪花は少ないが、葯と柱頭が近く、自家和合性は高いとみられる。結実後、莢は乾くと縦に裂け、灰色の粉のような種子をこぼす。風倒直後の乱れた気流や強雨の細流が、この種子を新しい根返り穴へ運ぶのだろう。群落はそこへ移るが、古い穴では落葉と細根に埋もれて途絶える。
国境に近い村では、森番や蜂蜜採りが倒木後数年の目印としてこの花を覚えたという。根返り花が咲く穴は、まだ足を沈めるほど柔らかく、腐った大根の裂け目には菌糸が残る。彼らは花を採らず、道筋や巣箱の位置を思い出す印にした。花が消える頃、その倒木はもう地形の一部になっている。