
この木は、渇いた年にしか花を咲かせません。
幹暦花は、季節ごとに乾く谷の森に立つ高さ八メートルほどの樹。太い幹はほとんど裸で、枝葉ははるか上の梢にだけ茂る。花は枝ではなく、幹の肌に直接ついて咲く。カカオやジャボチカバと同じ幹生花だ。ただしどこにでも咲くわけではない。幹の表面には、渇水の年に形成された細いコルク質の傷痕が横一筋の帯となって残っており、花芽はその古い傷の帯の上でだけ目を覚ます。乾いた年ほど傷は深く硬く、翌年その帯に沿って淡い紅色の小花が点々と連なる。雨の豊かな年には傷が浅く、幹はなめらかに太るだけで花はつかない。だから幹を下から見上げると、花の帯と帯のあいだの滑らかな距離が、渇いた年と潤った年の間隔をそのまま測る目盛りになる。木は自分が耐えてきた渇きの年を、幹の高さに刻んで数えている。

PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
この木は、渇いた年にしか花を咲かせません。
花が開くのは、幹に刻まれた古い渇きの傷の上だけだからです。
ブラジル東部、季節ごとに乾く谷の森。
カカオの花のように、太い幹の肌へ直接ついて咲きます。
淡い紅色の小花は、渇いた年に残った横一筋の傷の帯にだけ連なります。
雨の豊かな年、幹はなめらかに太り、花はつきません。
満水時の池を覗いても、潜貯草は水草らしい輪郭をほとんど示さない。泥面に貼りつく薄いロゼット葉だけが低く広がり、根元には小さな塊茎状の貯蔵器官が沈む。細粒泥の下は有機物に富む酸素欠乏層で、鉄を含む暗い沈積物が葉柄を淡く染める。花底の琥珀色は、この泥質の化学を思わせる。
池底が割れ始めて二、三日の朝、花は群落ごとに同じ高さで開く。杯形の花は自家受粉だけでも結実するようだが、干出直後に泥面を低く飛ぶ小型の双翅目が花底をなぞり、近い株どうしの花粉を運ぶ。水面下では交雑の機会が乏しいため、この短い乾いた窓が群落全体の遺伝的な息継ぎになっている。
雨が戻ると、地上葉と花茎は腐るというより、薄い膜へ崩れて泥に伏せる。熟した種子は粘る泥に巻き込まれ、塊茎の周囲で数年の休眠に入るらしい。満水期に痕跡が残らないのは異常ではなく、この生活史の核心である。記録できるのは植物そのものより、干いた年だけ泥面に現れる一斉開花の空白である。