
十数年にたった一度だけ、谷ひとつが一晩で色を変えます。
谷染藍は、高地の草原に生える細い多年生の草。ふだんは膝ほどの高さで緑の葉を茂らせるだけで花はつけない。同じ斜面の株はみな、一度の大量結実からいっせいに芽生えた同い年の仲間で、体の中で過ぎた季節の数を静かに数えている。十数年ぶんの季節が積もり、気温と日長がある条件に達した年、斜面じゅうの株がひとつの合図を分け合ってそろって蕾をひらく。蕾は前もって出そろっているため開花はわずか数日の窓に集中し、谷はひと晩で緑から藍へ反転して見える。花は小さな筒状で、青紫に淡い喉をのぞかせる。やがて種を落とすと株はそろって枯れ、色は跡形もなく消える。落ちた種は土の中で次の周期まで眠り、谷が再び染まるのはまた十数年も先になる。

PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
十数年にたった一度だけ、谷ひとつが一晩で色を変えます。
昨日まで緑一色だった斜面が、朝には見わたすかぎりの藍に染まっています。
南インド西ガーツ、ニルギリ丘陵の高地草原。
斜面じゅうの株が同じ時計を分け合い、いっせいに花をひらきます。
けれど花が終わると、株はそろって枯れ、色は跡形もなく消えます。
次に谷が染まるのは、また十数年も先のこと。
曇った夕方、白い花冠だけがバイの暗い縁で先に浮く。口部は狭く、赤褐色の内面に細かな蜜標があり、日中の写真にはほとんど写らない微小なハナアブと、夜明け前に飛ぶ小型のガが訪れる形である。単花なのは貧弱さではなく、湧水停止の短い窓で茎を伸ばし、受粉まで済ませるための節約に見える。
花後の子房は泥面近くで倒れ、種子は流れずに根もとの灰色の泥へ落ちる。翌雨季に湧水が戻ると発芽せず、鉄を含む還元的な泥の中で数年をやり過ごすらしい。次に湧水が弱まり、鉄の酸化皮膜が薄く切れた年だけ、親株が作った鉄の薄い環の内側にまとまって芽生えるため、群落は線ではなく小さな斑として現れる。
案内人はこの花を前ぶれとは呼ばず、湧水がすでに細った証として読む。白い花を見たバイは、数週間は飲み水や獣道の待ち場に数えないという。実際、花の周囲には新しい踏み跡が少なく、湿原草本の競争も途切れている。鉄退草の不在は見落としではなく、鉄を含む水が戻り、ほかの草が立ち直ったという環境の記録である。