
この花は、音を立てません。
霧鈴草は、高さ12〜16cmほどの小型多年草。黒褐色の短い茎をほとんど伸ばさず、銀灰色の三角形の肉厚葉を地面近くに星形ロゼット状に並べる。花は一株にひとつだけつく淡い黄白色の壺形花で、先端は小さくすぼまり、外側に霧を受ける細かな毛を持つ。夜明け前、花の内側に水滴が集まると、鈴のような輪郭が一時的に透けて見える。
PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
この花は、音を立てません。
それでも現地では、鈴と呼ばれてきました。
アゾレス諸島の高地湿原。
夜明け前、海から来た霧が黒い火山岩のくぼみに沈むころ、霧鈴草は姿を現します。
銀灰色の葉は、地面に星形に伏せています。
その中心に、淡い黄白色の壺形の花が、ひとつだけ開きます。
三夜続いた海霧の翌朝、壺形花の口縁に1〜2mmほどの小型双翅類が数個体止まるのを見た。飛翔というより湿った花毛を伝って歩き、狭い口部で腹面を花粉に触れさせる。霧が薄い年には訪花は途絶えるが、同じ株で短い花柱が内側へ曲がり、自家結実した蒴果も確認された。
花被は乾くと鈍い黄白色で不透明だが、夜明け前に内面へ細い水膜が張ると急に透過が増す。外側の蝋質層、内側の空気層、花底に溜まる滴が一時的なレンズを作り、鈴形の輪郭だけを浮かせるらしい。この明るい内壁は、低温で動く双翅類を花口へ導く標識にもなる。
採集後の株は数時間で花毛が伏せ、壺の内面の水膜も消える。押し葉にすると銀灰色の三角葉だけが残り、黒い泥炭片に付いた小型ロゼット草にしか見えない。古い標本束では既知の湿原性小草の未熟株として挟まれていた可能性が高く、霧中の生時形質を知らなければ別種と認めにくい。