
この木の枝の数は、耐えた雷の数だけ増えます。
雷燭柱は、乾いた高地の草原に孤立して立つ、高さ三〜五メートルの柱状の多肉植物。太い緑の幹には縦の稜が走り、水を蓄えた厚い組織と厚いコルク質の樹皮を持つ。周囲に高い木がないため、雷雨期には格好の避雷針になる。落雷を受けると多くは頂芽が焼け落ちるが、水を含んだ組織が電流を逃がし、株そのものは生き延びる。頂芽を失うと、それまで抑えられていた側芽がいっせいに動きだし、傷の下から数本の新しい枝が垂直に伸びる。こうして一度の落雷ごとに幹が分かれ、燭台のような姿になる。枝分かれの数は、その株が耐えた嵐の回数とほぼ一致する。最も雷の落ちる台地の縁には、腕を何十本も広げた老木が立ち、その輪郭そのものが、通り過ぎた嵐の履歴になっている。

PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
この木の枝の数は、耐えた雷の数だけ増えます。
頂芽が落雷で焼け落ちるたび、抑えられていた側芽が新しい枝を伸ばすからです。
アフリカ東部の高地、標高二千メートルの吹きさらしの台地。
周りに高い木のないこの平原で、柱のような雷燭柱は格好の避雷針になります。
落雷を受けても、水を蓄えた太い幹が電流を逃がし、株は生き延びます。
けれど成長点を失った幹は、傷の下から数本に枝分かれします。
谷底に水音が残る朝だけ、中心の盃形花は泥面から数センチ浮く。葯は開花のうちに柱頭へ触れ、多くは自家受粉で終わるらしい。ただし泥が乾ききる前、低く飛ぶ小型ハナアブ類が一度だけ花粉を移した跡を見た。花は群落を広げる器官ではなく、崩れが続く場所で血筋をわずかに混ぜる保険と考えられる。
流れにさらされた株を掘ると、主根の先は単なる切れ端ではなく、乳白色に肥厚した小体になっていた。薄い皮層の内側に休眠芽らしい点があり、泥水中で丸まりやすい。雨溝の曲がりや小石の背後にそれらがまとまって止まるため、翌週には崩壊縁に沿って同じ高さの若いロゼットが並ぶ。
乾いた日には、崩岸草はほとんど標本にならない。葉は灰緑というより泥色で、半ば埋まり、既知の小型キク科やアブラナ科草本の幼株として野帳の余白に処理されてきたのだろう。花期は雨後二、三日で終わり、観光道から見える斜面ほど踏み固めと排水で安定している。動かない地面には、この草を確かめる手掛かりも残らない。