
この葉は、一生に一度しか開きません。
一葉傘草は、一生に一枚だけ葉を広げる巨大葉植物。地下の塊茎で数年を過ごしたのち、太い一本の柄を立て、その先に差し渡し二メートル近い傘状の葉を水平にひらく。葉は中心へゆるく窪み、放射状に走る葉脈が浅い溝となって、降る雨を中央へと集める。柄は中空で、集まった雨は柄の中を伝い、足元の根へ流れ込む。モンスーンの数か月、この一枚が受けた雨のほとんどが地下の塊茎を満たし、長い乾季を越すたくわえとなる。葉は消耗が激しく、一季かぎりで枯れる。そして不思議なことに、同じ株から二枚目の傘が立つことはない。開くのは一生にこの一枚きり。だから傘を落とすとき、その株の地上の一生も、静かに終わる。

PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
この葉は、一生に一度しか開きません。
たった一枚で、一季の雨をすべて飲み干すからです。
ボルネオ内陸、雨季の高原。
差し渡し二メートルの傘が、空へ向かって静かにひらきます。
葉脈が浅い溝となって雨を中心へ集め、中空の柄を通して足元の根へ流し込みます。
モンスーンの数か月、この一枚が受けた雨のほとんどが、地下の塊茎を満たします。
水際で数株を抜き上げると、株元の毛は濡れず、泡だけを細かく抱いていた。茎を切ると内部には粗い通気組織があり、押しつぶすと根の側から小さな気泡が漏れた。泡を根へ運ぶというより、撥水毛が水面の空気を保持し、茎内の空隙を通じて根圏へ酸素を逃がしているらしい。黒い還元泥の中で、根の周囲だけが淡く酸化して見える。
筒花は水面に近く、虫を待つ花には見えない。風が吹くたび浅水が揺れ、花筒どうしが触れ、葯の粉が同じ花の柱頭へ落ちていた。開かずに結実する蕾も混じるので、主な繁殖は自家受粉に近いと考えられる。泡の多い春に一斉に咲くのは、送粉者を呼ぶためではなく、短い冠水期のうちに種子を作り終えるためであろう。
夏の干上がった湖床には、枯れ茎も葉痕もほとんど残らない。塩殻を割ると、粘土の薄い層に硬い黒褐色の種子が沈んでいた。水に戻してもすぐには膨らまず、塩分が薄まり、春の泡立つ浅水に置いたものだけが割れた。地上に現れない年は消えたのではない。発芽の合図を欠いたまま、塩泥の中で数年を待っているのである。