
霧の濃い夜にだけ、羊歯は握った拳をほどきます。
霧解羊歯は、雲霧林の尾根に立つ木性シダ。高さ二〜三メートルの太い幹は木ではなく、古い葉柄の付け根と細い根が幾層にも積み重なった繊維の柱で、その層は歳月を年輪のように畳み込んでいる。幹の頂には大きな葉冠が放射状に広がり、その中心で、これから伸びる若葉が拳のように固く渦を巻く(フィドルヘッド)。この渦は乾いた昼のあいだは締まったままだが、霧の濃い夜になると、繊維の幹が空気の水分を吸い上げ、若葉の細胞がふくらんで内圧が高まり、渦はゆっくりと、音もなくほどけていく。朝、霧が晴れて空気が乾くと、まだ若い渦はふたたび少し締まる。だから葉を広げきるまで、この植物は霧の夜だけを選び、幾晩もかけて拳を少しずつほどいていく。

PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
霧の濃い夜にだけ、羊歯は握った拳をほどきます。
濃い霧が、乾いて締まっていた新芽の渦をゆるめるからです。
雲霧林の尾根、絶えず霧の湧く高さ千八百メートル。
太い幹は木ではなく、古い葉の付け根と細い根が積もった繊維の柱で、歳月を年輪のように畳み込んでいます。
その頂の葉冠の中心で、若葉は拳のように固く渦を巻いて夜を待ちます。
霧が幹に染み込むと細胞がふくらみ、渦はゆっくりと、音もなくほどけていきます。
花前の三日ほど、銀灰色の縁取りはほぼ消え、株は周囲のイトスゲ類と見分けがつきにくくなる。非開花期には逆に金属粉を帯びるが、低いロゼットは若いモウセンゴケや泥に汚れた実生と片づけられやすい。採集者が押し葉にした場合も、乾燥で縁の粉は落ち、特徴はラベルに残らない。
株は湿原全体に散るのではなく、鉄分を含む酸性湧水が薄くにじむ斜面下部に小群を作る。火入れから二、三年は競合する草が低く、銀色の縁がよく見えるが、ミズギボウシやスゲが戻ると再び隠れる。点在する分布と、局所的な群生は矛盾せず、水脈の細い枝に沿った反復と見られる。
花は夜明けから昼前まで白く開き、風のない湿った朝にだけ微小なハナバチ類が訪れるらしい。訪花が乏しい年にも少数の種子は残るため、自殖を完全には捨てていないのだろう。湿地縁の採蜜者や火入れを担う家では、銀が退いた朝を蜂箱の移動や焼き残しの確認の目安にしたという。