
伸ばした根を、自分から捨てる草があります。
水路示しの根捨て草は、高さ10cmほどの小さな高山植物。青みがかった灰緑色の細い糸状の葉を低い座布団状の塊にまとめ、半透明の細い緑の茎の先に、緑がかった白い小さな星形の花を房状につける。玄武岩の割れ目から冷水が出るわずかな数週間だけ、割れ目に向かって根を一気に伸ばす。そして湧水が温まりはじめる前に、自ら根の先端を切り離して捨てる。捨てられた珊瑚色の根端は濡れた黒い岩肌に残り、翌年その株がどこへ水を求めればよいかを示す目印になる。古い根端が刻まれた岩を辿ると、何年分もの湧水の通り道がそのまま地図のように浮かび上がる。
本編 準備中
PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
伸ばした根を、自分から捨てる草があります。
しかも、捨てるほうが生き延びる近道なのだといいます。
南アフリカ、ドラケンスバーグ高地。
黒い玄武岩の割れ目から、冷たい湧水がしみ出します。
水路示しの根捨て草は、その数週間だけ割れ目へ根を伸ばします。
そして水が温まる前に、根の先を自ら切り離して捨てます。
融雪水が玄武岩の割れ目を冷やす十数日のあいだだけ、花は岩面すれすれに開く。匂いは弱く、晴れた午前には小型の高山性ハエがわずかに訪れるが、葯は先に裂け、訪花が途絶えると柱頭に自家花粉が落ちる。種子は風に乗らず、湿った微細な溝に貼りついたものだけが翌季まで残る。
群落は面として広がらず、冷水が滲む一本の筋に沿って途切れがちに並ぶ。捨てられた珊瑚色の根端は、乾く前に細かな砂と藻膜を抱き込み、黒い岩肌に薄い発芽床をつくるらしい。親株の直下では古い座布団状の葉が光を奪うため、実生は水筋の数センチ下手で多く見つかる。
この草が標本になりにくかった理由は、希少性だけでは説明できない。根端が露出し花が見えるのは融雪後の二週間ほどで、通常の採集期には灰緑色の乾いた苔状マットに縮み、近縁のクッション植物として片づけられたのだろう。バソト系の羊飼いは夏季放牧の折、この短い印を冷水筋を読む実用知として伝えた。