
標本も、確かな記録も、ほとんど残っていません。
一年の大半を水中で過ごす多年生の沈水植物。冠水が最も深い場所でも、最も長い場所でもなく、二つの水塊が混ざって水の酸性度が一度だけ急に変わる「化学の境目」にだけ花茎を立てる。水位の高低を追っても出現を説明できないため、長く記録が安定しなかった。沈水時は暗いオリーブ色の細い葉を水中に広げ、合流が起きると赤みのある細い茎を水面へ伸ばし、淡い緑白色の蝋質の花をひとつだけ開く。花が空気に触れていられるのは、合流が続くわずか数日。
PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
標本も、確かな記録も、ほとんど残っていません。
この花が現れるのは、水位ではなく、水の質が一度だけ変わる場所だけだからです。
ブラジル北部、ネグロ川。黒い水に沈む森の話です。
一年の多くを水の底で過ごし、姿を見せるのは、ほんの数日。
黒く酸性の水に、支流の澄んだ水が差し込む——その境目の縁にだけ、細い花茎が立ちます。
咲くのは、水が最も深い場所でも、最も長く沈む場所でもありません。
支流の水は雨の直後だけ澄むのではない。上流の白砂土壌と古い砂質段丘を抜けた地下水が、腐植質をほとんど抱かずに低い導電率のままイガポーへ落ちる。黒淵花の株は、この透明な水が黒水を薄める舌状の縁に沿ってだけ見つかる。岸を数歩外れると、同じ深さ、同じ光でも葉はあるのに花茎は立たない。水位よりも水塊の来歴が、この植物の地図を描いている。
開花の前日、沈水葉の先端は流れに逆らうようにわずかに硬くなり、赤い花茎の原基が地下茎の節から膨らむ。採水では、この時だけpHが急に上がり、導電率が一段下がっていた。根が乾きを知るのではなく、葉と地下茎が水の酸性度とイオン量の変化を受け取るらしい。合流が二日で崩れる年には、蕾は水面下で止まり、翌週には再び葉の間に沈む。
花は一つだけだが、群落は一つの株ではない。泥中の細い地下茎が数年分の節を連ね、洪水で折れた断片も静水域に留まれば根づく。開花中は水面近くの小型のハエ類が蝋質の花被片に止まり、淡い花粉を運ぶ。訪花が少ない時は葯が内側へ倒れ、部分的に自殖するらしい。種子は軽く、沈まずに合流縁の緩い渦へ集まるが、実生より地下茎更新の方が確実である。