
夜明け、花はガラスのような氷に閉じ込められます。
氷包花は、高さ7〜12cmほどの小型多年草。細い暗緑色の葉に霜をまとう。花は一株にひとつの菫青色の鐘形花で、夜間の冷え込みで花全体が薄い透明な氷の殻に包まれる。氷は朝日で数時間のうちに解ける。
PLATE I
PLATE II
PLATE III
PLATE IV
PLATE V
PLATE VI
PLATE VII
PLATE VIII
夜明け、花はガラスのような氷に閉じ込められます。
溶けるのは、朝日が差してからのほんの数時間だけ。
シベリア、アルタイの高地ステップ。
放射冷却で凍てつく夜明けに、氷包花は姿を現します。
細い暗緑色の葉は、一面に霜をまとっています。
その中心に、菫青色の鐘形の花が、ひとつだけ開いています。
氷殻の内側で鐘形花を開いた株を割ってみると、葯は雌蕊に寄り添うように曲がり、花粉は湿りながら柱頭へ落ちていた。晩秋のステップで飛ぶ昆虫を待つ構造ではない。前年夏に作られた蕾が凍結夜だけ短く開き、解氷前に自家受粉を終えるものと考えられる。氷は飾りでなく、風を避ける小さな温室であった。
結実株は目立たず、解氷後の褐色の萼片の底に細い蒴果を残す。採った種子は軽いが冠毛を持たず、遠くへ飛ぶより礫の隙間に落ちる形である。冬の凍上で数センチずつ持ち上げられ、春の融雪水で暗色礫の下へ運ばれる。群落に見える年も、根茎で増えた広がりではなく、同じ凍結線に沿って沈んだ種子が一斉に芽生えた跡らしい。
分布は玄武岩質または変成岩由来の黒い礫が多い斜面に偏る。日中に熱を吸った石は夜に急冷し、花冠の周囲だけを霜点へ落とす一方、粗い排水は根の腐敗を防ぐ。氷殻は日の出から数時間で失われ、残る草体は既知の小型リンドウ科やキキョウ科に紛れる。開花年も一定せず、午後に来た採集者の押し葉には、ただの痩せた高山草しか残らなかったはずだ。